パリ五輪開会式、セーヌ川から現れた6つの顔は誰?ルーヴル所蔵作品を解説

パリオリンピック2024開会式の全編映像(Eurosport公式YouTube)。パルクールの選手がルーヴル美術館へ入り、セーヌ川に巨大な顔が現れるまでの場面から再生されます。

2024年7月26日に行われた、パリオリンピックの開会式。

選手団を乗せた船がセーヌ川を進むなか、水面から巨大な顔が半分だけ現れ、目で船を追いかけていました。

この巨大な顔は、何の前触れもなく川から現れたわけではありません。直前の映像では、聖火を運ぶ人物がルーヴル美術館を走り抜けると、彫刻が首をひねり、絵画の人物たちが目を動かし始めます。やがて人物たちは額縁から抜け出し、窓辺へ集まってセーヌ川の選手団を見物。その物語の続きとして、ルーヴル所蔵作品の巨大な顔が川沿いに現れます。

「あいつらは誰なんだぁーーーーー!」と気になって調べたところ、すべてルーヴル美術館が所蔵する作品の登場人物でした。

登場したのは5作品から切り出された、合計6人の顔です。この記事では、船の進行方向に現れた順に紹介します。

セーヌ川から現れた6人の顔

  1. 《黒人女性の肖像》の女性
  2. 《ダイヤのエースを持ついかさま師》の女性
  3. 《シャー・アッバス1世と小姓》の小姓
  4. 《ガブリエル・デストレとその姉妹》の女性
  5. 同じ作品に描かれた、もう一人の女性
  6. 《ハトホル女神とセティ1世のレリーフ》のセティ1世

作品は5点ですが、《ガブリエル・デストレとその姉妹》から2人が登場するため、顔は全部で6人です。

1人目|《黒人女性の肖像》

最初に登場したのは、マリー=ギユミーヌ・ブノワが1800年に描いた《黒人女性の肖像》です。

マリー=ギユミーヌ・ブノワ《黒人女性の肖像》
《黒人女性の肖像》1800年:マリー=ギユミーヌ・ブノワ/パブリックドメイン

近年はモデルを「マドレーヌ」と呼ぶこともありますが、ルーヴル美術館の現在の作品解説では、本人であると断定できる史料はないとされています。

フランス革命後、奴隷制度や人種差別が残る時代に描かれた作品です。ルーヴル美術館は、この絵に、かつて奴隷状態に置かれた女性たちの尊厳と自由を表す寓意的な価値もあると解説しています。

ルーヴル美術館公式|《黒人女性の肖像》

2人目|《ダイヤのエースを持ついかさま師》

2人目は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの《ダイヤのエースを持ついかさま師》に描かれた、ターバン姿の女性です。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《ダイヤのエースを持ついかさま師》
《ダイヤのエースを持ついかさま師》1636~1640年ごろ:ジョルジュ・ド・ラ・トゥール/Wikimedia Commons、CC BY-SA 4.0

画面右側では、いかさま師が背中にダイヤのエースを隠しています。ほかの人物たちは視線を交わし、着飾った若者をだまそうとしているところです。

開会式では女性の目が動くように加工され、通り過ぎる選手団をキョロキョロと追いかけているように見えました。

ルーヴル美術館公式|《ダイヤのエースを持ついかさま師》

3人目|《シャー・アッバス1世と小姓》

3人目は、イスラム美術部門が所蔵する《シャー・アッバス1世と小姓》から、小姓の横顔です。

1627年、ムハンマド・カシムによって描かれた作品です。サファヴィー朝ペルシャの王シャー・アッバス1世と、ワインの杯を持つ小姓が寄り添うように描かれています。

ほかの油彩画とは画面の雰囲気が違うので、巨大な顔だけを見ると、浮世絵の人物のようにも見えました。

ルーヴル美術館公式|《シャー・アッバス1世と小姓》

4人目・5人目|《ガブリエル・デストレとその姉妹》

4人目と5人目は、同じ絵から仲良く登場しました。

フォンテーヌブロー派による作者不詳の作品、《ガブリエル・デストレとその姉妹》です。

浴槽に入った二人の女性のうち、一人がもう一人の乳首をつまむ、不思議なポーズで知られています。ルーヴル美術館では、アンリ4世とガブリエル・デストレの間に生まれた子どもを暗示した作品と考えられています。

開会式当日は雨でセーヌ川の水位も高く、顔の口元まで隠れていたことで、原画以上に妖しげな雰囲気になっていました。

ルーヴル美術館公式|《ガブリエル・デストレとその姉妹》

6人目|《ハトホル女神とセティ1世のレリーフ》

最後に登場したのは、古代エジプトのファラオ、セティ1世です。

もとになったのは、セティ1世の墓から出土した《ハトホル女神とセティ1世のレリーフ》。女神ハトホルが、セティ1世を迎える場面が表されています。

ルーヴル美術館は、絵画だけでなく古代エジプトの美術品も大量に所蔵しています。実際にエジプト美術部門を見て歩くと、広大すぎて、いつまでたってもエジプトが終わりません。

ルーヴル美術館公式|《ハトホル女神とセティ1世のレリーフ》

セーヌ川が巨大な美術館になった演出

国際オリンピック委員会は、この場面を「セーヌ川が美術館となり、ルーヴルの肖像画の名作が水面から半分姿を現して選手たちを迎えた」と説明しています。

なぜこの5作品が選ばれたのか、個々の選定理由までは公式には詳しく説明されていません。

ただ、絵画、イスラム美術、古代エジプト美術という、ルーヴル美術館の幅広いコレクションから選ばれていることは分かります。

鼻の下まで水に沈み、目だけがこちらを追ってくる姿は、少し怖くもあり、昔流行った学校の七不思議等に出てくる「音楽室の肖像画に視線で追われる」という怪談そのものです。

有名な美術作品を、そのままありがたく見せるのではなく、巨大化して川に沈めてしまう。この大胆な使い方は、絵画が街や生活の中にあるパリらしい演出だったと思います。

国際オリンピック委員会|パリ2024開会式の振り返り

開会式に登場した作品の多くは、現在もルーヴル美術館で見ることができます。

ルーヴルを訪れる際は、「セーヌ川から顔だけ出していた人だ」と探してみるのも、少し変わった楽しみ方です。

初めてのルーヴル美術館|大きすぎて入口が分からなかった私の体験談