002ミロのヴィーナス(仏 ルーブル美術館)

世界中の彫刻の中で、最も有名なんじゃないかと思う、この、ミロのヴィーナス。台座を抜きにしても、実際の人間より少々大きいサイズ感です。(約2m)発見されたときには既に腕がなく、「欠損の美」「未完の美」として、有名です。

よくよく考えてみたら、ルーブル三大美女のモナリザも、ミロのヴィーナスも、サモトラケのニケも、みな「欠けている美」ですね。モナリザは永遠の未完、ヴィーナスは腕、ニケに至っては頭がありません。
さて、未完の美については過去に様々な人々が言及しているので、ここでは触れません。もはや、私の中では「腕のないヴィーナス」という姿が当たり前になってしまっていて、「腕を想像する楽しみ」はあまり考えたことがありませんでした。
柱の一部のような、堂々とした姿、立ち姿でありながら、微妙な捻りを加えたそのポーズはどの角度から見ても色気があります。台座に乗っているおかげで下から彼女を見上げることになるのですが、豊かな肉感と、柔らかそうな胸は、大理石でできていることを忘れさせます。
ルーブルの彫刻がずらりと並ぶ部屋で、彼女は他の彫刻達より少し広いところで展示されています。
入り口近くのモナリザや、分かりやすい階段の上に展示されているニケと違って、ヴィーナスは少々離れているためか、ゆったりと彼女を見ることができます。
私は彼女の周りをなんどもぐるぐる回りながら、その見事なプロポーションと、それを石から掘り出した無名の彫刻家に感心していました。
そして、ふと、すごいことに気付いてしまったのです。ヴィーナスの上半身と下半身のパーツが、腰のところで分かれているのです。しかもそれが、腰に巻いた布を折り返した下で分かれているので、繋ぎ目が目立たず、非常に自然に馴染んでいるのです!
考えてみれば、こんなに大きな大理石を丸々彫ったり移動したりするのは大変です。体の部位ごとに、パーツを分けて、後から合体させる手法は、むしろスタンダードと言えます。
しかしこの、紀元前100年以上の昔の彫刻の「繋ぎ目」を見ながら、私は日本の「稼働フィギュア」を連想しました。各部の間接が滑らかに動き、またその繋ぎ目が不自然にならないように工夫されたカットになっています。
その為、様々なポーズをさせても、「人形」っぽさが興醒めするような事態にはならず、3次元に姿を表した平面の世界を楽しむことができます。

まさに、同じ気持ちで、大昔のこれを作った職人も「繋ぎ目」に気を使って、布のシワの一部のような見事なカモフラージュで興醒めを防いでいるのです。

変な感動を覚えながら、背中側から私はぐるりと彼女の「繋ぎ目」を眺め、そうして半けつの立派なお尻も眺め回し、大変満足してその部屋を後にしたのでした。

彫刻だから、散々眺めても文句は言われないけど、これが生きている女性ではそうはいきません。いくら「いいプロポーションだね!」なんて声をかけたって、じっとしていてくれないし、そのうち「見すぎ」って怒られてしまいます。見られてる方も疲れてくるでしょう。

再三、「彫刻で良かったなぁ。こんなに見応えのある彫刻にしてくれてありがたいなぁ」と、自分の家に置くわけでもないのに、彫刻家と、発掘隊と、保管しているルーブルへの感謝の気持ちでいっぱいになったのでした。

 

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