2010年12月5日。フランスでのワーキングホリデー生活を始めるため、私は成田空港からパリへ向かいました。
予定では、その日の夜にはパリのアパートへ到着しているはずでした。
しかし、実際には飛行機が4時間近く遅れ、乗り継ぎ先のコペンハーゲンで右往左往し、パリへ着いたのは22時過ぎ。手配していた送迎車はすでに帰り、アパートの管理人にも連絡がつかないという、なかなか大変な渡航初日になりました。
友達に見送られ、成田空港から出発
出発当日は、友達が成田空港まで見送りに来てくれました。
いよいよフランスへ出発するという大事な日。別れを惜しみながら搭乗……となるはずが、飛行機はなかなか出発しません。
当時、「10年に一度の大寒波」と聞いていた記憶があります。大雪の影響もあってか、飛行機は大幅に遅れ、予定の出発時刻から3時間を過ぎても、まだ成田空港にいました。
実際に出発したのは、予定より4時間近く遅れてからだったと思います。
せっかく友達が見送りに来てくれたのに、時間だけがたっぷり余ってしまいました。
これから一年間フランスで暮らすという緊張感はありましたが、まずは空港で暇を持て余すところから、私のワーホリは始まりました。
スカンジナビア航空でコペンハーゲンへ

利用したのは、スカンジナビア航空のエコノミークラス。コペンハーゲンで乗り継ぎ、パリへ向かう便でした。
当初の予定は、次のような日程です。
- 成田発 12時30分
- コペンハーゲン着 16時05分
- コペンハーゲン発 18時30分
- パリ着(現地時間) 20時25分
長い移動ではありましたが、乗り込んですぐに軽食が出され、まずはほっと一息。

しかし、成田からの出発が遅れたことで、その後の乗り継ぎにも余裕がなくなっていきました。
コペンハーゲン空港で搭乗口が変更

コペンハーゲン空港へ着くと、予定していた搭乗口が変更されていました。
当時の私は、英語もフランス語もほとんど話せません。目の前にあるのは、デンマーク語なのか英語なのかもよく分からない案内。
「パリ行きはどこ?」「これで合っている?」と、空港内を右往左往しながら、なんとか新しい搭乗口へたどり着きました。
今ならスマートフォンですぐに確認できそうですが、当時持っていたのは、まだ日本で使っていた携帯電話。現地で使う赤いプリペイド携帯を買うのは、パリへ到着してからです。
そんな状況でも、空港内に並んでいた赤い椅子が、おしゃれでかわいいなと思ったことは覚えています。右往左往しながら、しっかり写真も撮っていました。
パリまで爆睡し、隣のおじさんに起こされる
どうにかコペンハーゲンからパリ行きの飛行機へ乗り込むと、緊張が切れたのか、私はそのまま爆睡しました。
ほとんど寝ていましたが、乗り込んですぐに出された機内食のサーモンとチーズがおいしかったことは今でも覚えています。
パリへ到着したときには、隣の席に座っていたおじさんが、優しく起こしてくれました。
予定では20時25分に到着するはずでしたが、実際にシャルル・ド・ゴール空港へ着いたのは、22時を過ぎていたと思います。
手配していた送迎車がいない
初めての土地で、大きなスーツケースを抱えて深夜の空港へ到着。
本来なら、空港からアパートまで送ってくれる車を手配していました。しかし、到着が大幅に遅れたため、迎えの車はすでに帰ってしまっていました。
かけ方に四苦八苦しながら空港の公衆電話を使ったものの、とっぷりと夜が更けてしまい、アパートの管理人へ電話をしても出ません。
フランス語はほとんど話せない。現地で使える携帯電話も、まだ持っていない。真冬の夜中、シャルル・ド・ゴール空港で、大きな荷物と一緒に途方に暮れました。
怪しさ満載の、気のいいお兄ちゃん
そこへ、見るからに疲れ切っていた私へ、ひとりのお兄ちゃんが声をかけてきました。
「荷物、積んであげるよ! 市内までタクシーでしょ?!」
今になって考えると、警戒したほうがよさそうな状況です。
しかし、そのときの私は、長時間の移動ですっかりヘロヘロ。お兄ちゃんは、どんどん荷物を運んでくれました。
結局、パリ市内までは無事に送ってもらうことができました。いくら支払ったのかは、もう覚えていません。
そんなに法外な値段だった気はしないのですが、あまりにも疲労困憊だった私は、車内での「観光? セーヌ川きれいでしょ? 夜景もいいよね!」といった軽口にも、まったく対応できませんでした。ひたすら押し黙っていたような記憶があります。
思い出すほどに、感じの悪い客で悪かったなぁという記憶と、危ない人でなくてよかったという思いが重なり、複雑な気持ちになる移動でした。
アパートへ到着し、そのまま爆睡
アパートへ着いてからも、管理人を呼び出すまでに苦労したような記憶があります。
管理人も、夜遅い時間に寒いなか起こされて機嫌が悪く(当たり前)、手短に部屋の使い方などを説明してくれました。
ただ、このあたりはもう記憶が曖昧です。とにかく、どうにか部屋へ入り、その日は死んだように眠りました。
出発前は、パリへ到着したらどんな気持ちになるのだろうと、いろいろ想像していたはずです。
ところが実際の初日は、感動に浸る余裕もなく、移動して、迷って、困って、ようやく眠るだけで終わりました。
予定どおりにいかないところから始まったワーホリ生活
飛行機が遅れ、乗り継ぎで迷い、迎えの車はいなくなり、管理人とも連絡がつかない。
今振り返ると、フランスでの一年を象徴するような、予定どおりにいかない初日でした。
それでも、ひとつずつ何とかして、最終的にはパリでの生活を始めることができました。
この翌日から、銀行口座や携帯電話、街歩きに使う地図など、暮らしに必要なものを少しずつ揃えていくことになります。
今回のように、渡航当日には予想もしなかったトラブルが起こることがあります。一人で準備を進めるのが不安な場合は、留学エージェントの資料を取り寄せ、必要な支援の範囲や費用を比較してみるのもひとつの方法です。
以下は、フランスのワーキングホリデーを扱っている留学エージェントの一例です。

