ルーブル美術館のダリュ階段を下から見上げると、はるか遠くに翼を広げた像が見えます。
サモトラケのニケです。
階段を一段ずつ上がるたびに、その姿が少しずつ大きくなっていきます。
遠くからでも分かるほど堂々としているのに、近づけば近づくほど新しい表情が見えてくる。ニケとの出会いは、作品の前に立った瞬間ではなく、階段の下からすでに始まっています。
私は、このニケだけを眺めながら半日を過ごしたことがあります。
この記事では、サモトラケのニケの大きさや作品の基本情報、階段を上りながら近づく体験、そして海風を感じさせる布と翼の表現について紹介します。
目次
サモトラケのニケとは
サモトラケのニケは、1863年にエーゲ海に浮かぶサモトラケ島で発見された古代ギリシャの彫刻です。
制作されたのは紀元前200年から紀元前175年ごろ。ギリシャ神話に登場する、翼を持つ勝利の女神ニケを表しています。
海戦での勝利を記念し、船の舳先へ降り立とうとする女神の姿を表したものと考えられています。
頭部や首、両腕などは失われていますが、大きく広げた翼と、前へ踏み出すような身体からは、今にも動き出しそうな力強さが感じられます。
階段の下から、ニケとの出会いが始まる

ダリュ階段の下から見上げたサモトラケのニケ
サモトラケのニケは、ルーブル美術館のダリュ階段上部に展示されています。
階段の下から見上げると、最初に見えるのは暗がりの中に浮かぶ小さなシルエットです。
丸い窓から差し込む光の下で翼を広げ、階段を上ってくる人を待ち構えているように見えます。
この階段自体が結構な段数があるので、足元と、遠くに見えるニケを交互に眺めながら近づいていきます。
階段を一段ずつ上がるにつれて、ぼんやりとしていた身体や翼、船の形をした台座が、少しずつはっきりしてきます。

階段を上るにつれ、ニケの姿が少しずつ大きくなっていきます
美術館では、作品の目の前に到着してから鑑賞が始まることが多いと思います。
しかしサモトラケのニケは、遠くに姿を見つけた瞬間から、作品へ近づいていく時間そのものが鑑賞体験になっているように感じます。
逆光の中で天使に近づく許しを得たような、ちょっとした緊張と高揚感があります。
全高564cm。船の上に立つ巨大な女神

船の舳先をかたどった台座に立つサモトラケのニケ
ニケ像本体の高さは328cmあります。
さらに、船の舳先をかたどった台座と、その下の土台を含めると、全体の高さは564cmにもなります。
像だけでも人間をはるかに超える大きさです。階段の上に立つ巨大な台座まで含めて見上げると、その迫力に圧倒されます。
ルーブル美術館の公式情報では、像だけで推定約2トン、台座を含む全体では推定約32トンあるとされています。
これほど巨大なものが、翼を広げ、船の舳先で祈りを携え、船員の安全を守っている。
重い大理石で作られているはずなのに、感じられるのは石の重さではなく、風と勢いです。
身体に張り付く薄い布から海風を感じる

身体に張り付く薄い布と、風を受けて揺れる衣の表現
サモトラケのニケで、特に素晴らしいと思うのは、布の表現です。
上半身を覆う薄い布は、強い海風と水分を含んだように身体へぴったりと張り付き、胸や腹部の形を浮かび上がらせています。
布をまとっているのに、その下にある肉体の形がはっきりと分かる。女神の力強い身体と、薄い布の繊細さが同時に表現されていて、ぞくぞくします。
一方、腰から下の布は重く、深く折り重なっています。
脚へ張り付く部分もあれば、強い風にあおられて大きくはためく部分もあります。
上半身の肌に吸い付くような薄い布と、下半身を覆う重量感のある布。その質感の違いが、一つの大理石から作られているとはとても思えず、惚れ惚れします。

横から見ると、身体のひねりと風を受けた衣の動きがよく分かります
正面だけでなく横から眺めると、身体のひねりや、後ろへ流れる衣の動きがさらによく分かります。
顔がなくても、彼女がどちらを向き、どのような勢いで船へ降り立ったのかが伝わってきます。
修復された翼も見応えがある

後ろ側から見たサモトラケのニケの翼
サモトラケのニケは、発見されたときから多くの部分が失われていました。
翼も完全な状態ではなく、現在の左翼には、発見された断片をつなぎ合わせて修復した部分があります。右翼は石膏によって復元されています。
私が実物を見たとき、特に気になったのが左翼の表面でした。
つなぎ合わされた羽には、滑らかに整えられた新品の彫刻とは違う、ぼこぼことした凹凸があります。
長い時間を経て壊れ、発見され、再び組み立てられた歴史が、そのまま翼に残っているように見えました。

翼や背中、後ろへ大きく流れる布も見応えがあります
正面から見た堂々とした姿だけでなく、横や後ろから見た翼にも、かなりの見応えがあります。
美しく完全な翼ではなく、欠けたところや修復されたところまで含めて、このニケが現在までたどってきた時間を感じられます。
頭がなくても、驚くほど力強い

頭部と両腕を失っても、前へ進む力強さが伝わってきます
サモトラケのニケには頭部がありません。
どのような表情で勝利を告げていたのか、現在の姿から知ることはできません。
それでも、彼女の姿はとても力強く、エネルギーを感じます。
大きく広げた翼、前へ張り出した胸、踏み出す脚、風を受けて身体にまとわりつく布。顔がなくても、全身からパワーがみなぎっています。
むしろ表情が見えないからこそ、見る人はそれぞれに女神の顔や声を想像できます。
頭も両腕も失われた姿でありながら、これほどまでに力強い。
その不思議な様子に引き込まれ、さまざまな角度から何日も、何度も飽きずに眺め続けました。
ニケだけを眺めて半日過ごした日もある
ルーブル美術館には、一日では見切れないほど多くの作品があります。
限られた時間で訪れたなら、一つの作品だけを半日眺めるのは、あまり効率の良い回り方ではないかもしれません。
しかしそこはワーホリで訪れている強み、サモトラケのニケだけを眺めながら、半日を過ごしたことがあります。
階段の下まで戻って遠くから眺め、もう一度近づき、横へ回り、翼や布を見る。
少し離れて全体を見ると、また細部を確かめたくなる。近づいて見たあとは、今度は階段や建物を含めた姿を見たくなる。
そうしているうちに、時間がどんどん過ぎていきました。
サモトラケのニケは、作品だけで完結する彫刻ではありません。
階段、光、高い天井、近づいていく人々。その場所全体を使って、今も船の上へ降り立つ瞬間を演じ続けているように感じます。
ルーブル美術館でサモトラケのニケを見るには
サモトラケのニケは、ルーブル美術館ダノン翼のダリュ階段上部に展示されています。
展示場所や鑑賞経路は変更される可能性があるため、訪問前にはルーブル美術館公式サイトや、当日の館内案内を確認してください。
ルーブル美術館の入場予約やガイドツアーを検討している場合は、以下からプランを確認できます。
ツアーによって対応言語や含まれる内容が異なるため、予約前に詳細を確認してください。
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モナリザ、ミロのヴィーナス、サモトラケのニケに共通する魅力は、こちらの記事で紹介しています。
初めてルーブル美術館を訪れるなら、ぜひ階段の下からニケを見上げてみてください。
遠くに小さく見えていた勝利の女神が、一段上るごとに近づき、最後には巨大な翼と海風をまとった姿で目の前に現れます。
その時間まで含めて、サモトラケのニケという作品なのだと思います。
作品の年代・寸法・修復状態は、ルーブル美術館公式コレクションおよびダリュ階段の公式解説を参照しています。